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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)9883号 判決 1973年3月27日

原告 野口正行

右訴訟代理人弁護士 芹沢孝雄

同 相磯まつ江

被告 株式会社講談社

右代表者代表取締役 服部敏幸

被告 名田屋昭二

右被告両名訴訟代理人弁護士 大城豊

同 宮崎直二

主文

一、原告の被告らに対する請求はすべてこれを棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、共同して、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞および日本経済新聞の各全国版に、別紙目録(一)記載の謝罪広告を、別紙目録(二)記載の条件で各一回掲載せよ。

2  被告らは原告に対し、連帯して、金一九八万三、〇七六円およびこれに対する昭和四五年一一月二一日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

4  第2項につき、仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  被告株式会社講談社(以下、被告会社という。)は雑誌および書籍の出版等を業とし、週刊雑誌「週刊現代」を発行している会社であり、昭和四四年一〇月当時、訴外服部敏幸(以下、単に服部という。)は被告会社の代表者として右週刊現代の発行人の、また被告名田屋昭二は被告会社の従業員として右「週刊現代」の編集長の、それぞれ職にあったものである。

(二)  被告名田屋は、「週刊現代」昭和四四年一一月六日号の二〇頁から二四頁にかけて、「今週あなたもソニー株で大儲けできる」との大見出しの表題を掲げて別紙目録(三)記載の内容をその要旨とする記事(以下、本件記事という。)を掲載編集し、服部は右「週刊現代」を発行した。

(三)1  原告は、株のことについては全くの素人であったが同年一一月本件記事を読み、被告会社の社会的地位および名声に鑑みて、本件記事内容は信ずるに値するものと考え、訴外ソニー株式会社の株式(以下、ソニー株という。)の価額は将来にわたって昂騰を続けるものと信じ、よって同年一二月五日訴外日興証券株式会社西武支店において、ソニー株一、〇〇〇株を一株金四、〇〇〇円で購入し、手数料金二万円を含めて合計金四〇二万円を出捐した。

2  しかるに、その後ソニー株の価額は昭和四四年一一月から急激に下降し、翌四五年五月二六日には一株金二、〇〇〇円の大台を割るに至り、原告は同年七月一日遂に前記ソニー株一、〇〇〇株を一株金二、〇五一円で売却したが、手数料金一万一、〇〇〇円、取引税金三、〇七六円をそれぞれ差し引かれ、結局金二〇三万六、九二四円を入手するにとどまった。

(四)  被告会社は業界で有数の出版社なのであるから、その卓越した調査機関、情報網を用いれば、本件記事掲載当時ソニー株式会社の経営は悪化していたこと、それにもかかわらず、同社の幹部と証券業者が相謀って同社の株価を不当につり上げていたことを容易に察知し得た筈であり、したがって、その株価は経営内容に比して異常な高値であり、早晩暴落することを予見し得たのみならず、一般的に株価は世界の経済情勢の変化に敏感に反応するものであるから、ソニー株が暴落する事態が発生することも当然予見すべきであり、従って、ソニー株の将来に警戒的な論者の記事を対置して掲載する等読者をして取捨選択の余地を残し、その判断力に訴えるがごとき記事を掲載すべきであった。ところが、被告名田屋は情報の収集あるいはその調査分析を怠り、漫然と本件記事を掲載し、また服部は本件記事の登載された「週刊現代」を発行し、それぞれその行為には原告を含む一般読者のソニー株に対する判断を誤らしめる故意または過失があった。かような行為が許すべからざることは、消費者保護基本法の法意に照らしても明らかである。

(五)  原告は、前項のような故意または過失により、被告名田屋が「週刊現代」に本件記事を掲載編集し、服部がその職務である右週刊誌を発行したことによって、ソニー株に対する評価を誤まり、前記のとおりソニー株一〇、〇〇〇株を購入するに際して出捐した金四〇二万円と売却時に入手し得た金二〇三万六、九二四円との差額金一九八万三、〇七六円の損害を受けたのみならず、これに伴ない多大の精神的苦痛を蒙った。

(六)  よって、原告は被告名田屋に対し民法七〇九条の、被告会社に対し同法四四条一項の各規定に基づき、原告の蒙った精神的苦痛を慰謝すべく本件記事の大衆性(「週刊現代」は巷間六〇万部以上の発行部数を有するといわれる。)を考慮して、請求の趣旨第1項記載の謝罪広告の掲載を求めるとともに、原告が蒙った損害金一九八万三、〇七六円およびこれに対する共同不法行為の日以後である昭和四五年一一月二一日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因第(一)および第(二)項の事実は、いずれも認める。

(二)  同第(三)項1および2の事実のうち、ソニー株の価額が昭和四五年五月二六日に一株金二、〇〇〇円を割ったことは認めるが、その余は不知。

(三)  同第(四)項の事実のうち、被告会社が業界で有数の出版社であることは認めるが、その余は否認する。

本件記事作成当時収集し得た情報によれば、ソニー株式会社については、決算内容も良好であり、新製品の発表が目前に迫っている等経営が悪化することを到底予見し得ない状況であったばかりか、株式専門家の多くも、当時ソニー株が将来にわたって高値を続けることを予想していたものである。したがって、被告名田屋は右のような状況を充分調査分析して検討を重ねたうえ、本件記事を掲載編集するに至ったものであって、同被告および服部には何ら故意過失はない。

(四)  同第(五)項の事実は否認する。

本件記事は、大衆娯楽雑誌上に掲載された一予想記事であり、読者の株投資への参考資料提供が狙いである。しかも、週刊誌の性質上からその表題にも明らかなごとく、大体一週間前後の短期間内における予想をしたにすぎないものであるから、本件記事掲載時から一週間をはるかに過ぎた一二月になってソニー株を買入れ、しかもこれを六か月以上も経過した後売却したことによって蒙ったと主張する損害と本件記事との間には、何ら因果関係がない。

(五)  同第(六)項の事実のうち、「週刊現代」の発行部数が六〇万部以上あることは認める。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因第(一)項の事実は、当事者間に争いがない。

二  (損害金賠償請求について)

(一)  ≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四四年一二月五日、訴外日興証券株式会社西武支店において、ソニー株一、〇〇〇株を一株金四、〇〇〇円で購入し、手数料金二万円を含めて金四〇二万円を出捐したこと、そして、同四五年七月一日に至り同支店において、右ソニー株一、〇〇〇株を一株金二、〇五一円で売却し、手数料金一万一、〇〇〇円取引税金三、〇七六円をそれぞれ差し引かれて残金二〇三万六、九二四円を入手したことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。右認定事実によれば、原告はソニー株一、〇〇〇株の売買を通じて結局金一九八万三、〇七六円の損害を蒙ったことが認められる。

(二)  進んで、「週刊現代」昭和四四年一一月六日号の二〇頁から二四頁にかけて本件記事が掲載されたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、≪証拠省略≫を総合すれば、原告が前叙のように同年一二月五日にソニー株一、〇〇〇株を購入したについては、本件記事およびその翌週の「週刊現代」同年一一月一三日号に載った、ソニー株式会社の新製品を賞揚する記事が、何らかの機縁になったであろうことは推測するに難くないところである。

しかしながら、ソニー株が当時から現在(本件口頭弁論終結時)に至るまで一貫して、いわゆる優良株の一つであること、そしてまた、株価は世界経済の変動や政府の金融政策等を要因として、時々刻々変動するものであって、ソニー株も固よりその例にもれず、原告が同株一、〇〇〇株を購入した昭和四四年一二月五日以降現在に至るまでの間に、時にはその株価が一株金二、〇〇〇円を割ったこと(同四五年五月二六日に右の様な状態を示したことは当事者間に争いがない。)もある反面、原告の購入価額である一株金四、〇〇〇円を超えた時期も一再ならずあることは公知の事実である。してみれば、原告がソニー株を購入したこと自体は価値ある資産の取得とみなしてよく、これを目して直ちに損失といえないことは明らかというべきであるから、所詮、原告の蒙った損害、すなわち前記の売買差損金が生じたのは、ソニー株を処分するについて時期の選択を誤ったことに帰するといわねばならない。したがって、「週刊現代」による本件記事の掲載と右損害との間に、因果関係があるというためには、本件記事が単にソニー株を購入するについて原因となったというのではなく、原告が前記昭和四五年七月一日にこれを売却するについてその誘因となったことが証明されなければならないと解すべきところ、本件に顕われた全証拠によっても、右の如き事実はこれを認めることができず、却って、≪証拠省略≫に徴すれば、原告は本件記事には何らの関係なく自己の調査と判断とに基づいて、ソニー株を売却したものであることは明白である。

よって、その余の主張につき判断するまでもなく、原告の本訴損害金賠償請求は理由がない。

三  (謝罪広告請求について)

謝罪広告請求は一種の原状回復請求と解すべきところ、わが国不法行為法上、損害賠償の方法は財産的損害と精神的損害とを問わず、金銭賠償をもって原則とし、これに代えまたはこれとともに原状回復を請求し得るのは、名誉毀損およびこれに類似の事情がある場合において、特に法令にこれを許す旨の規定があるとき(例えば、著作権法一一五条)に限られているといわねばならない。しかるに原告は単に本件記事を信頼してソニー株を売買したことによって多大の精神的損害を蒙ったことおよび本件記事が大衆性を有していることを主張するのみであり、かかる場合に謝罪広告の掲載を含む原状回復を請求し得る旨の規定は、現行法令上存在しないから、原告の謝罪広告請求は、主張自体失当というの外なく、これまた理由がない。

四  叙上のとおり、原告の被告らに対する本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中田四郎 裁判官 早井博昭 萩尾保繁)

<以下省略>

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